タビモノ 2011:七尾 – 珠洲 – 輪島 vol.4 「七尾祇園祭」

キリコ祭り【スーベニアプロジェクト】タビモノ 2011:七尾 – 珠洲 – 輪島 vol.4 「七尾祇園祭」

7月9日(土)、この日のメインは「七尾祇園祭」。

七尾祇園祭は大地主神社(山王神社)の例祭で同神社の氏子町、旧七尾市街地・東地区の夏祭りで、港町浜辺の仮宮へ遷座することから、別名「東のおすずみ」とも呼ばれる昔ながらのお祭りです。

夕刻になると街の人々はソワソワし始め、各町の奉燈(キリコ)が太鼓・笛・鉦に合せ担ぎ出され各町内を廻ります。
クライマックスは午後11時??で、大地主神社の境内内のかがり火をめぐり大小12基のキリコが所狭しと勇壮乱舞します。

今回、私たちは鍛冶町の勇士の方々のご厚意により、光栄にも参加させていただきました。
囃子【スーベニアプロジェクト】タビモノ 2011:七尾 – 珠洲 – 輪島 vol.4 「七尾祇園祭」

鍛冶町【スーベニアプロジェクト】タビモノ 2011:七尾 – 珠洲 – 輪島 vol.4 「七尾祇園祭」
【(写真左)スーベニアプロジェクトチームより:左が熊谷、右が私、(写真右)鍛冶町の森山明能さん】

氏子12町から十数基の奉燈が担がれます。七尾祇園祭の歴史は古く当時の祭禮神社は祇園牛頭天皇社で、清和天皇の平安時代に厄除神防疫神として全国に祇園信仰が興隆された頃、京都祇園を能登に勧請して毎年6月14日(明治の改暦で7月)七尾に祇園會を行ったのがこの祭りの起源だそうです。

祭りにはキュウリを捧げる慣例で江戸時代より氏子は燈ろうを献ずる事を創始したのが奉燈行事の始まりと伝えられています。

 

「ソーレ、ヨイヤサカサー」【スーベニアプロジェクト】タビモノ 2011:七尾 – 珠洲 – 輪島 vol.4 「七尾祇園祭」

まずは前半の見所である仮宮前広場へ向けて、町内を循環しながら回ります。

 

「ソーレ、ヨイヤサカサー」

 

しかし、このキリコが子供たちが上に乗っかってお囃子を叩いていることもありなかなか重く、高さもあるために思うように進めません。
数十メートル進んでは一度置き、また掛け声に合わせて進みます。

 

担ぎ手【スーベニアプロジェクト】タビモノ 2011:七尾 – 珠洲 – 輪島 vol.4 「七尾祇園祭」

うまく進めると外野(観客)から、

「いいぞ〜!上手・上手!うまいぞ・うまいぞ〜!ソ〜レッ!」

などと声援が飛び、そうなると担ぎ手もテンションがあがり、スピードを上げて飛び跳ねたりします。

これがまたずっと細い路地を駆け抜けていくので、危ないことこの上なし。
もし、運営側の安全委員会とかがしっかりと機能しているのであれば、「あり得ない」お祭りです。

 

七尾の祭り【スーベニアプロジェクト】タビモノ 2011:七尾 – 珠洲 – 輪島 vol.4 「七尾祇園祭」

キリコの高さは5〜10m、大きいものだと13m近くあるので、実は七尾市街地の電柱は、電線にキリコが引っかからないように、ものすごく背が高いのです。
コレ、お祭り仕様。
みなさんも七尾に訪れた際には、ぜひ空に目をやってみてください。
(地中に埋めちゃおうよ!と思ったのは私だけでしょうか?
でも、その電柱にも歴史があるということだと思いますので、何も言わないでおきました。)

 

祇園祭【スーベニアプロジェクト】タビモノ 2011:七尾 – 珠洲 – 輪島 vol.4 「七尾祇園祭」

数十メートル進んでは町内でご用意いただいたお酒や差し入れを頂き、また角を曲がってはお酒をいただき、少し戻ってはお酒をいただくという感じで、19時にスタートして、このとき初めて「クライマックスは午後11時」という意味がわかりました。

とにかく、長い!
とにかく、吞む!!

やっとこさ広場に到着し、ここでは一番の観客が集まっているので、キリコを担いでグルグルと舞います。(今日一番の歓声!)

 

奉納【スーベニアプロジェクト】タビモノ 2011:七尾 – 珠洲 – 輪島 vol.4 「七尾祇園祭」

そして、お宮さんの前に集合した後は、神輿を奉納し、お祓いをしていただきます。
その後、神様をお出迎えしたキリコを再び担いで各町内に戻っていきます。

この度、多くの方のご好意によりお祭りに参加することができ、特に鍛冶町の方々には大変お世話になりました。
この場をお借りして改めてお礼を申し上げたいとおもいます。

 

キリコ祭り【スーベニアプロジェクト】タビモノ 2011:七尾 – 珠洲 – 輪島 vol.4 「七尾祇園祭」

能登地方では、7月の上旬より9月の終わり頃まで毎週末に各地で「キリコ祭り」が行われ、この時期が「能登の夏」とも言われているそうです。

お祭りを機に故郷に帰ってくる若者も多く、いまでも伝統が色あせることなく、引き継がれています。
しかし、このまま少子化が進み、過疎化が進むと、これらの伝統的なお祭りも継続が難しくなってくる地域もあるらしく、運営者側は頭を抱えています。

私たちにできることは、まずはお祭りを見に行くこと。お祭りを盛りあげてくれる観客が多ければ、担ぎ手のモチベーションにも繋がります。

また、見たり経験したことを伝えていくこと。
そうすることで、伝統は引き継がれていきます。

みなさんも、来年の夏にぜひ能登にお越し下さい。
私たちもまた担ぎにいきます!

 

【動画】(暗いですが、雰囲気をお楽しみください!)

 

【旅のモノ語り:2011.7.9】

スーベニアプロジェクト『Yoshiharu KOIKEDA』

Yoshiharu KOIKEDA

▶ ART DIRECTOR / DESIGNER

1978年生まれ、桶川育ち。文化服装学院流通専攻課程スタイリスト科卒。バイクで日本一周を敢行。2003〜2008年の間、イギリスに留学。LSC、Central Saint Martins College of Art & DesignでGraphic and Industrial Designを専攻。2008年に帰国後、シミコムデザインを設立。2011年にスーベニア・プロジェクトを始動。

Twitter:@shimicomdesign